口裂け女

「私、綺麗?」

塾帰りの小学生、暗い夜道の先には、赤いコートを羽織った、髪の長い、大きなマスクをした女が佇んでいた。

俯きながら小走りで駆け抜けようとするが、バッと肩を掴まれる。

「ねぇ…私、綺麗?」
「き、綺麗だと思いますけど…」
「これでも…?」

恐る恐る後ろを振り向くと、マスクを外した女の口は耳元まで裂けていた。

口裂け女の特徴

・身長は2mを越え、100m走を6秒で走る俊足の持ち主。(2025年時点での100m走の世界記録は、ご存じの通りウサイン・ボルト選手の9.58秒である。)
・好物はべっこう飴、嫌いな物はポマード
・大きな出刃包丁などの凶器を所持している。
・「」に纏わる話が多く、「」の付く地名を好み、三姉妹であり、ポマードと三回唱えると逃げ出す。
・赤いスポーツカーに乗っている(セリカ、フェアレディZ、ポルシェ、フェラーリなど諸説あり。結構なバリキャリ?)

対処法

口裂け女に「私、綺麗?」と聞かれたら、正しい対応をしないと殺されてしまう。
以下が主な対処法である。

・「ポマードポマードポマード」と三回唱える。
・べっこう飴をあげると見逃してくれる、もしくはべっこう飴に注意を逸らしている間に逃げる。
・「私、綺麗?」に対し、「普通」と答えると、口裂け女が困惑するので、その隙に逃げる。
・「私、綺麗?」に対し、「綺麗ですよ」と答えると口裂け女が赤面するので、その隙に逃げる。

ルーツ

そもそも、口裂け女が出現したのはいつ頃なのか。

始まりは1978年の暮れ、場所は岐阜県加茂郡八百津町であるとされている。

農家の老婆がある夜、母屋から少し離れた便所に用を足しに行った。
すると、便所の脇に人影が見え、不信に思った老婆が恐る恐る近付くと、その人影はフッとこちらを振り返った。
そこには口が耳まで裂けた女が立っていた。

ほどなくして、八百津町の隣、美濃加茂市にある加茂警察署に「口が耳まで裂けた女が街を徘徊している」という電話が相次ぎ、年が明けた1979年にこの噂は全国的に広まることになり、集団下校やパトカーの出動、なかには登校拒否をする子供も現れ、全国の子供達を恐怖に陥れた。

噂の流布

1979年には全国的に広がった口裂け女だが、この噂はどのような流れで全国に広がったのか。
別冊宝島「うわさの本」にて記されていた風説の流れはこうだ。

1978年 12月 岐阜県内で広がる
1979年 1.2月 滋賀県、愛知県、長崎県で噂が流れる
1979年 3月 徐々に南下していき、関西、中国地方に広がっていく
1979年 4月 長野県、九州地方に広がる
1979年 5月 北陸や、関東に広がる
1979年 6月 ここでようやくメディアが口裂け女を取り上げ、全国的に知られるようになる。
1979年 8月 子供達が夏休みに入ると、口裂け女の目撃例がパタリと止んだ。これは子供達の情報交換が途絶えたためとされる。

ここで注目してほしいのは、岐阜県の隣、長野県や富山県よりも先に、2月の時点で長崎県に口裂け女の噂が広まっていることだ。
当時はSNSはおろかインターネットすら普及していない時代である、このような口承は徐々に人づてに広がっていくのがセオリーだが、何故こうも早く長崎県にだけこの噂は広がっていったのだろうか。

当時の岐阜県は繊維産業が盛んで、全国から様々な人達が出稼ぎに来ていた。
岐阜県内に広まったのが12月末であった為、この噂を聞いた人が正月の帰省の土産話として持ち帰った事により、いち早く長崎県に広まってしまったのではないだろうか。

正体

彼女の正体について、いくつかの説を紹介する。

・美容整形手術失敗説

美容整形に失敗してしまい耳元まで口が裂けてしまった。
手術の最中に、担当医のポマードの匂いがキツく、顔を背けてしまった為、医者の手元が狂ってしまい口から頬にかけてメスで引き裂いてしまった。
なのでポマードがトラウマになってしまい。ポマードと聞くと逃げ出してしまうのだ。

という説。
果たして彼女はなんの手術をしたのであろうか?
口元でメスを使う美容整形では、「M字リップ」などがあるが、口の中にメスを入れるシチュエーションはまずあり得ない。
仮にミスがあったとしてもさすがに傷は縫い直すはずだと思うが…
そして、顔を背けるほどのポマードの匂いと言うが、医師は衛生管理の為に必ず帽子(ディスポキャップ)を被って手術を行う。
患者に髪の毛やフケが落ちるなど言語道断なので、ポマードをベッタリ付けた医師が帽子も被らずに美容整形を行うとは考えづらい。

よってこの口裂け女は美容整形に失敗した女であるという説は厳しくなってきた。

・精神病棟から抜けだした精神病患者説

岐阜県多治見市の精神病院から抜け出した患者が、口元に赤い口紅を塗り、子供達を次々脅かしている。
13号トンネル」という、愛知県春日井市と岐阜県多治見市にまたがるトンネルでの目撃例が多い。
精神に異常を来している為、包丁や、鋏で襲いかかってくる。

という説。
多治見市の13号トンネルの近くには岐阜県立多治見病院があるが、これは総合病院であり、精神病院ではない。
また、この病院からトンネルまで車で20分程かかり、結構な山の中である、病院から抜け出した患者が自分の足でここまで辿り着くのは難しいし、ましてやこのトンネルに子供がいる事はあり得ないだろう。

・CIAの実験説

口裂け女は実際には存在せず、CIA(アメリカの情報機関)が青森から鹿児島までの噂の伝播速度を図る為に仕掛けた実験

という説。
そもそもがこの実験の目的がよくわからない。仮にこの実験を行っていたとすればメディアに取り上げたられ時点で大失敗である。

と言った様に口裂け女はイマイチ目撃者が多かったのに対して具体的なエピソードが少ない。
口裂け女はやはり存在していなかったのであろうか?

まとめ

1979年という時代は
・学習塾ブームが起き、裕福な家庭でなければなかなか学習塾に通わせる事は難しかった。
・美容整形ブームが起き、女性の美へのプレッシャーが増していった。
この時代の経済格差や美容問題、人々の不満や不安定さが生み出したのが口裂け女なのかもしれない。

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